2021.9.24

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Music lab

- [2]音列を変えずに音の色彩感 を変える方法―フラグメンテーション -

Leonid ZVOLINSKII

MUSIC   2021.9.24  |   HOME > MUSIC > Music lab

”Music lab”では、音楽の様々な現象を音楽理論の視点から、新作や豊富な例で分かりやすく解説していきます。


[2]音列を変えずに音の色彩感 を変える方法―フラグメンテーション / Leonid ZVOLINSKII

この記事では音の響きから生み出される色彩感(※1)を、旋法の「フラグメンテーション(断片化)」によって変化させる方法を解説します。

音楽を知覚する時、私たちの耳は複数の楽器の声部を同時に知覚するために、非常に複雑な聴取をしています。同時に、いくつかの楽器に意識を集中させれば、それぞれの音を別々に聞きとることも可能です。しかし、すべてのパートで異なる音が演奏される場合でも、脳はそれらを一つのまとまりとして知覚し、互いに補完する性質を持っていることはすでに別の記事で紹介した通りです(※2) 。

しかし、楽曲のなかで旋法がいくつかの切り離された断片として分割されている場合、そのような組み合わせは具体的に音の色彩感にどのように影響するのでしょうか?前の記事では、音度を上下に操作することによって旋法の音を変化させ、音の色彩を変化させる方法を紹介しましたが、今回は、音符自体は変えずに音の色彩感を変える方法を見ていきます。

今回の作品「Snow Stories」を例にして見てみましょう。

[Snow Stories]

曲全体を通して、全音階(diatonic)のみが使用されています。つまり、ピアノの「白鍵」の音のみを使用しており、これを雪の白い色に喩えて曲名を「Snow Stories」としました。


白鍵のみから構成されていながらも、音楽から受ける印象は曲全体を通して変化していきます。この変化が起きるのは、音列(Music labの記事「音楽の色彩」を参照)が徐々に現れ、区分ごとに分割されて、それぞれがピアノと何らかの第二の楽器によって演奏されるためです。

「ラ・ド・レ」は、第一の区分で、ピアノ、ハープ、ビブラフォンで音が徐々に現れます。少し間を置いた後、28秒目にギターが、別の旋法の断片(フラグメント)「ファ・ソ・シ」を伴って登場します。この3音も全音階の白鍵の音ですが、まったく異なる色彩感を持っています。

[1]

[2]

[3]

[4]

最初の3音「ラ・ド・レ」はペンタトニックスケール(5音音階)の断片です。この構造を持つ音の色彩の性質は柔らかく、矛盾や対立はありません。そして、2番目のフラグメント「ファ・ソ・シ」は、すでに全音音階(whole tone scale. 全音のみで1オクターブを構成する音階)の断片であり、まったく違うレベルの緊張度を持つ音列です。このような2つの異なるフラグメントを融合させると何が起きるでしょうか。作品の33秒目にそれを聞くことができます。次の例で、その部分のみ聴いてみましょう。


次に、7番目の音の「ミ」が現れ、旋法の音列に必要な全部で7つの音がここで出揃いました。しかし、ここでもう一つ重要なことが起きています。この時点で音列の最低音が「ラ」となります。最低音は旋法をその音にフォーカスさせるため、一時的な中心音となり、音の色彩と、音度の高(明るい)・低(暗い)に対する知覚の感覚を左右します。したがって、47秒目で最低音が「ラ」ということが明らかになると音のカラーが変化し、「ラ」音の「視点」から他のすべての音が認識されます。つまりイ調エオリア旋法(Aイオリア旋法)として認識されます(記事「音楽の色彩感」を参照)。現時点では、冒頭の2つのフラグメントに加えて、それとは別に上に「ミ」音が加えられ、下の音は「ファ」から「ラ」に変化しました。


では、他のすべての音を変えることなく最低音のバスの音だけ変えると音の色彩は変化するのでしょうか?そうです。音源の1:00でそれを確認できます。バスの「ラ」が「シ」に変わる瞬間、音の色彩は明確に変化し、全く変わらなかった残りの音全てがロクリア旋法の「シ」の色に染められます。


そして、バスの「シ」の音が「ド」に置き換えられると、音の色は再び明るいイオニア旋法の「ド」の方向に変化します。


では、和音やメロディーはどうでしょうか。この問題はとてもシンプルです。メロディーに干渉するものはありません。メロディは独自のフラグメントを持つこともできますし、音列のすべての音に沿って自由に動くこともできます。また、このシステムの中では、調性の音楽のように三和音によって調性を示す必要性がないため、バスの1音を示すだけで事足ります。旋法を示すのに必要な7音すべて(したがって、和音を含めて7音のすべての可能な組み合わせ)は、大抵の場合すでに含まれているためです。もし作曲者が調性における和音のような要素を取り入れたい場合には、バスの音を使ってその機能を持たせることができるということです。この例では、1:17からギターの自由なメロディーが入りますが、これはフラグメンテーション(旋法の断片化)のルールに従わないものです。ここではまた、バスギターも登場し、音が変わる際に音の色の変化にアクセントを与えています(最低音を演奏するのがこの楽器だからです)。バスの最初の音は「レ」で、この曲の初めの1音とも一致しています。ただ、ここでは別個の音ではなく旋法全体がこの音に基づいており、私たちはドリア旋法としての「レ」の音を聴いています。


1:31に、リディア旋法の「ファ」が鳴ります。これも低音の変化によるものです。


さらに(1:38)バスの「ラ」が再び現れ、エオリア旋法として聴取されます。


終わりに近づいて、突如として別のフラグメント「ファ・ソ・シ」が再び表されますが、下部には「ミ」が加えられるため、その色は全音階とは完全に異なり、「ミ」から始まる、より暗いフリギア旋法のフラグメントとなります。その後、旋法は冒頭に逆に戻る形で「ラ・ド・レ」→「ド・レ」→「レ」と縮小されていきます。このようにして、すべての冒険を終えて白鍵の旋法は、曲の始めに提示されたものと同じ音へと溶けていきます。


このように旋法を変化させずに下の基音を変化させることに基づいた色彩の転換は、ロシアの音楽理論では旋法の「変動性」(「変動性の旋法」)と呼ばれます(※3) 。一つの旋法中に2つ以上の中心音が存在することが特徴で、全体の基盤となる中心音が転換されることによって「変動」が起きるというわけです。また、音列をいくつかの断片(フラグメント)へ分割することは「音列のフラグメンテーション」という用語で呼びます。どんなに複雑な音列でもフラグメントに分割して単純な複合体にすることができます。もう一度曲全体を聞いて、新しい音やフラグメントが追加され、あるいはバスの音が変わる際に、旋法がどのように変化するかを毎秒追ってみましょう。

[Snow Stories]


最後に、ほとんどすべての旋法は、別々のフラグメントに、または別々の音にさえ(別々の楽器に与えられた場合、または独立したパートとして作曲された場合)分割できることを付け加えておきます。全音音階の例では、その原理を見ました。旋法のフラグメンテーション(断片化)は、半音階や全音・半音の音階、その他様々な旋法でも機能します。

旋法をフラグメントに分割すると、音楽の空間はより多次元的になります。これは、耳がフラグメントの合計に加えて、フラグメントのそれぞれの音の色彩にもフォーカスするためです。つまり、各フラグメントは全体的な音の響きに貢献し、音列をより個性的にします。脳はこれらの断片を要約するだけでなく、それらのいくつかを区別して強調するので、ここでは、潜在意識レベルに影響を与えるいくつかのより小さく単純な構造の和として全音音階を捉えています。

追記:白鍵でできる他のいくつかの音の例を見てみましょう。

全音音階の全ての音列、ハ調イオニア旋法(Cイオニア語旋法)の7音:


7音のうち5音のみを鳴らすと、全音音階(ダイアトニックスケール)から5音音階(ペンタトニックスケール)を抽出することができます。

(7音中、演奏されない音は「×」と表示)



同様に、音階上で短音階の5つの音が連続する短音階的5音音階(マイナーペンタコード)の2つの異なるフラグメント(「レ」の音から、および「ラ」音から)


全音のみで構成される「全音的」フラグメント。これらは、「ファ」から始まる4つの連続した音です。


同様の原理で、旋法からいくつかの音を切り離して他のフラグメントを見つけることも可能です。

※1(訳者注)ここでいう色彩感は、音を視覚的な色で感じる「共感覚」としての具体的な色彩ではなく、多様な音の響きとそれによって感受される印象を筆者が“колорит (= color, flavor)”と表現しているものを「色彩感」と訳しています。日本語でも「琴の音の色」、「声色」のように「音・声の響き」の意味で「色」という言葉が使われる場合があります(小学館デジタル大辞泉「色」参照)が、意味合いとしてはそれに類似するものです。
※2 これについては、別の記事で簡単に説明しています。「Compliment」また、詳しくはDiana Deutschの『Musical Illusions and Phantom Words』Introductionでも読むことができます。
※3「変調旋法」について最も古い記述はウクライナ・ロシアの学者N. Diletskiiの1681年の論文があります(名称は無し)。後にロシアの音楽学者Yurii Kholopovの研究(1988)では、グレゴリオ聖歌、ロシア民謡、ズナメニ聖歌を例に、調性や旋法の共通の特徴を包括する変調性を持つ、旋法の伝統的な解釈の拡大がなされました。本記事の「旋法の変動性」についての理論は、現在のロシアでは広く知られています。ロシアで独自に展開された理論といえますが、これに類似した理論は、アメリカの作曲家・音楽学者Howard Hansonの著作でも扱われており、(“Harmonic Materials of Modern Music: Resources of the Tempered Scale”, NewYork, 1960, pp.56-59)、「Modal modulation(旋法の転旋)」と呼んでいます。


(作曲=Leonid ZVOLINSKII / 翻訳=森谷 理紗)


Leonid ZVOLINSKII

ロシアの作曲家、マルチインストゥルメンティスト、サウンドプロデューサー。 リャザン市生まれ、幼少期より音楽を始め、12歳で「若手作曲家コンクール」で優勝。モスクワ私立音楽学校特待生。グネーシン音楽アカデミーカレッジ音楽理論科卒業後、P.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院作曲科入学。同音楽院を首席で卒業。リトフチンテレビ・ラジオ放送人文大学専門コースで「オーディオビジュアルアートサウンドプロデューサー」資格取得。 オーケストラ作品、室内楽、声楽曲等のアカデミック音楽作品のほか、ポップ、ロック、Hip-Hopなど様々なジャンルの作曲、演奏を行う。映画音楽、CM、音楽舞踊劇等を手がける。

森谷 理紗 [ Risa MORIYA ]

神奈川県生まれ。北鎌倉女子学園高校音楽科卒業。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院音楽研究科修了。グネーシン音楽アカデミー研修(音楽史・音楽理論)を経てP.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院大学院博士課程学際的音楽学研究科修了(芸術学/音楽学博士)。2010年度外務省日露青年交流事業<日本人研究者派遣>受給。その後同音楽院作曲科3年に編入、その後卒業。モスクワ音楽家協会150周年作曲コンクールグランプリ。著書”Vzoimoproniknovenie dvyx muzikal’nyx kul’tur s XX - nachala XXI vekov : Rossia- Iaponia(20世紀から21世紀初頭にかけての二つの音楽文化の相互作用:ロシアと日本)”(2017 サラトフ音楽院)で第2回村山賞受賞(2018)。モスクワ音楽院客員研究員を経て、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員。

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