2018.8.16

MUSIC

Musical illusion

- Compliment -

Leonid ZVOLINSKII

MUSIC   2018.8.16  |   HOME > MUSIC > Musical illusion

Musical illusionでは、シリーズAuditory Illusion in Music(音楽におけるイリュージョン)とリンクして、テーマごとに出てきた錯聴効果を使った新作を、作者の作品解説と共に公開していきます。


Compliment / Leonid ZVOLINSKII


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作曲者作品解説

この曲例は、沢山の音の中から必要な音として選択された任意の音に集中することができるという、私たちの聴覚の能力を実証するものです。曲のタイトル «Compliment» は、«complementary»という言葉から、言葉遊びで付けたものですが、作品の気分を反映しているだけではなく、作曲にあたって用いたテクニックを暗に示しています。コンプリメンタリー、つまり相補的な原則が曲全体に浸透し、複数のリズムがモザイク状に融合されて全体的なリズムを形作っています。同様に、それぞれ異なるロジックで作ったハーモニーを持つ楽器たちが織り合わさって、全体のハーモニーが生成されています。

曲は5つのパートで構成されています。
1.ピアノ(左)
2.ピアノ(右)
3.エレクトロピアノ
4.ドラム
5.バスギター
まずピアノ(左)が1つの音高でリズムを刻みます(このリズムを曲の最後まで聴き取り続ける事ができるでしょうか?)。

Piano Left

次に別のピアノパート(右)が加わり、同じ音高で違うリズムを演奏します。

Piano Right

この2パートが組み合わさって「全体的なリズム」ができます。1人のピアニストが左と右のパートを均一の音で弾いているかのようですが、ステレオとピアノの音色の違い(ベーゼンドルファーとスタインウェイ)から、完全に別の楽器として聴くことができます。下の譜例の黒い音符はピアノ(左)、赤い音符はピアノ(右)です。緑色は右と左のピアノパート両方が合わさってできるリズムで、あたかも粒の揃った均一な音の長さで演奏されているかのようになります。

Pianos Left and Right

その後、さらにエレクトロピアノが加わります。このパートは和音を弾いているので、和音が変わるごとに和声も変化するのですが、前の2パートは変化していません。

Electro Piano

このエレクトロピアノの後に、ドラムスが入ると、脳は瞬時にそれに反応して左右のピアノパートを併せようとして、音が混ざり合いだします。ですが、集中して聴いてみると、この効果にとらわれずに左右のピアノを別々に聴き続ける事ができるでしょう。

Drums

そして最後にバスギターが登場します。バスギターは新しいハーモニーの土台となるため、一音のピアノの色彩が変化するだけではなく、全ての和音の色彩を変えていきます。

Bass

曲が流れている途中で、ピアノ(左)、ピアノ(右)、エレクトロピアノ、バス、そしてドラムと、それぞれの楽器の中で注意を向けるパートを転換して、各々のパートが全体の音響の中でどんな役割をしているか耳で追ってみてください。

より曲が理解しやすいように、視覚的な補足として下のビデオを参照して下さい。作品全体を見ることができます。パートごとに色付けがされており、それぞれのパートのリズムはその中の四角いバーでmidi音が表されているので、音がどこで鳴り始めているか、どこで次の音が鳴るかを視覚的に見ることができます。また、いずれかの楽器が演奏をやめた時点で色のバーは消えます。

音楽家、特に作曲家は音楽をとても詳細に見ることができるので、聴いたものを楽譜として、あるいはこのビデオで表されたようなイメージとして頭に思い浮かべることができます。 1つの楽器から別の楽器へと注意して聴くパートを変えて、何度も曲を聴いてみてください。ビデオを見ながら聴けば音を見失わずに、それぞれのパートを、もしかしたら全ての音を見て、聴くことができるでしょう!


(作曲=Leonid ZVOLINSKII / 翻訳=森谷 理紗)


Leonid ZVOLINSKII

ロシアの作曲家、マルチインストゥルメンティスト、サウンドプロデューサー。 リャザン市生まれ、幼少期より音楽を始め、12歳で「若手作曲家コンクール」で優勝。モスクワ私立音楽学校特待生。グネーシン音楽アカデミーカレッジ音楽理論科卒業後、P.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院作曲科入学。同音楽院を首席で卒業。リトフチンテレビ・ラジオ放送人文大学専門コースで「オーディオビジュアルアートサウンドプロデューサー」資格取得。 オーケストラ作品、室内楽、声楽曲等のアカデミック音楽作品のほか、ポップ、ロック、Hip-Hopなど様々なジャンルの作曲、演奏を行う。映画音楽、CM、音楽舞踊劇等を手がける。

森谷 理紗 [ Risa MORIYA ]

神奈川県生まれ。北鎌倉女子学園高校音楽科卒業。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院音楽研究科修了。グネーシン音楽アカデミー研修(音楽史・音楽理論)を経てP.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院大学院博士課程学際的音楽学研究科修了(芸術学/音楽学博士)。2010年度外務省日露青年交流事業<日本人研究者派遣>受給。その後同音楽院作曲科3年に編入、その後卒業。モスクワ音楽家協会150周年作曲コンクールグランプリ。著書”Vzoimoproniknovenie dvyx muzikal’nyx kul’tur s XX - nachala XXI vekov : Rossia- Iaponia(20世紀から21世紀初頭にかけての二つの音楽文化の相互作用:ロシアと日本)”(2017 サラトフ音楽院)で第2回村山賞受賞(2018)。モスクワ音楽院客員研究員を経て、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員。

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