2021.9.24

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Music lab

- [1] 音楽の色彩感(後編) It’s raining -

Leonid ZVOLINSKII

MUSIC   2021.9.24  |   HOME > MUSIC > Music lab

”Music lab”では、音楽の様々な現象を音楽理論の視点から、新作や豊富な例で分かりやすく解説していきます。


[1] 音楽の色彩感(後編)
It’s raining / Leonid ZVOLINSKII

前回お話しした旋法が演出する音の色彩感(明暗)について、今回は現代の様々なジャンルの音楽の中でどのように使われているか、どのように使えるかを見ていきます。

音楽と色彩(後半)

「音楽と色彩」前編の記事では旋法※がどのように音楽の色彩感の感受に影響するかを見てきました。自然全音階の7つの旋法を基に、旋法のそれぞれの音度※が明、暗、中性の色彩を持ち、その組み合わせによっても音列の色彩が作られることを解説しましたが、今回まず確認しておきたいのが、モダリティ(旋法と色彩)は調性の原則(「主音tonic」、「下属音sub-dominant」、「属音dominant」 といった機能を持つ和声や和音)よりもずっと古くからあるものだということです。調性の原則はヨーロッパで古典、ロマン派の時代に成り立ち、17−19世紀にもっとも使われていました。その時期にも、モダリティと同じように様々な音列とその特性に依拠したものが世界の様々な文化で見られ、古い時代から今に至るまで継承されています。今回は、こうした原則が現代の様々なジャンルの音楽でどのように用いられているかを見ていきましょう。

※旋法・音度についてはこちらをご覧ください。

ジャズは、20世紀の音楽に起きた最も重要な現象の一つです。他のスタイルやジャンルの音楽にも大きく影響を与えていますし、今も世界の新しい聴衆を獲得し続けています。言うまでもなく、ジャズのスタイルにも色々あり、それぞれがモダリティ(旋法性)とトナリティ(調性)の特徴を多様に組み合わせています。そして60年代になるとその名も「モーダルジャズ」と言うユニークな流れが派生します。マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーンなどの巨匠の作品がそうです。その後、ジャズが積極的にエスニック、クラシック、ロック、エレクトロなど他の要素を取り入れるようになった時にこの流れはフュージョンのスタイル形成に重要な役割を果たしました。今回はこの記事のためにモダリティのテクニックを使った“It’s raining”というジャズフュージョンの作品を書き下ろしました。


[例1:It's raining]

この作品には、いくつかの区分(セクション)があります。最初のセクションはドリア旋法の明るいマイナーの響き(前の記事参照)で、強くはなく暖かい雨のメランコリックな雰囲気を作っています。続くセクションではリディア旋法です(0:33)。ここでは雰囲気がより明るく、遊び心が出てきます。そして雨足が強くなる情景のクライマックスに持っていきます。その後、空がより一層暗くなるかのように、旋法もより暗いフリギア旋法に変えていますが(0:48)、全体として気分が少しどんよりしてきます。最後は明るくなってくるのですが、これは旋律的長調で、VI度、VII度が半音下がる長調型の旋法で(下の譜例参照)、ドリア旋法と明るい音度と暗い音度の数が同じです(1:00)。

曲の一番最後では、(1:12)小さな即興部分がありますが、伝統的な調性の論理に厳格に則りながら自由に和音が移り変わります。このようにするとそれぞれの和音は全体的な音のパレットの中で独立した色として感じられます。

[譜例2:旋律的長調]

さて、モダリティ(旋法性)は、他にもファンク、ポップス、ハードロックなど様々なスタイルの音楽にも登場しています。旋法性を作品に取り入れた有名な例にA Perfect Circle というアメリカのロックバンドが挙げられます。彼らのレコーディングアルバム 'eMOTIVe' は有名な反戦歌のカヴァーがメインとなっているのですが、オリジナルからかけ離れて暗い曲調にしているので、平和についての歌詞が、現実には理想のユートピアのようにはならないというようなダブルミーニングに感じられます。中でも一番わかりやすい例の一つがジョン・レノンの “Imagine” のカヴァーです。ジョン・レノンの原曲は明るい古典的な長調で書かれているのに対して、A Perfect Circle の解釈ではスペイン音階(II 、VI、 VII度が低い長調)で暗く不吉な響きになっています。

[譜例3:スペイン音階]

以下のリンクより、2つのヴァージョンを聴き比べてみてください。

面白いことに、この旋法はなぜかハードロックで特別暗い効果を出すために使われる頻度が高いです。例はたくさんありますが、有名なのはKornの“Freak on a leash”でしょうか。
【YouTube】Korn - Freak On a Leash (AC3 Stereo) (Official Music Video)

旋法のテクニックに注目したミュージシャンたちは実に様々です。有名な例を挙げてみましょう。

上の例の他にも枚挙にいとまがありませんが、現代音楽や映画音楽、ジャズも同様です。

旋法は全部でどれくらいあるか?

正解はほとんど無限です。なぜなら旋法の構造は自分で作ることができ、今日でも多くの音楽家たちによって作られ続けているからです。そのデモンストレーションとして、今回は私自身が作った旋法で次の曲を作りました。この旋法を使った例はないか、全く同じものがあったとしても極めて稀でしょう。これはオルタナティヴロックのスタイルで使えるまた別の暗い長調です。旋法自体はII度と VII度が低い長調で、スペイン音階に似ていますが、それに比べるとVI度は高いままですが、ドリア旋法と旋律的長調とも明暗の音度数は同じです。その反面、全体の音の響きは暗い音度の音につけられたアクセントと関連して暗くなっています。また、曲の最初に音階のうちのIII度の音が出てこないため、長旋法なのか短旋法なのか予想できない作りになっています。


[例4:(b)Rain(storm)ing]

調性と旋法は双方の原理がほぼ常に同時に存在し、お互いを補足し合うように結びついている場合がよくあります。ですが大抵は、和声の動きが調性の結びつきに基づいているものか、旋法の色合いに基づくものかというように、両者のいずれかがもう一方より強い関係性にあります。

今日あるさまざまな音楽の中では、どんな音を使うかで、その方法も多様化しています。 音楽作品の中で最も重要な要素が音色の場合もあれば、リズムの場合もあります。そういうわけで、調性と旋法の関係が全く考慮されない場合も多いのです。

システムとコンセプトが多様性を持つほど、現代の曲であろうと西洋クラシック音楽であろうと、または古代の音楽や世界の民族音楽でも、聴く人に何度でも新鮮な感覚を呼び起こし、毎回新たな発見で驚きがあるような音楽になります。

モダリティ(旋法性)に基づいたどの時代のどの民族の音楽も、その時代や場所の思想を表現する道を見出していることから見ても、旋法の多様性とその利用が、モダリティが色褪せないために非常に役立っていると言えるのです。

参考

旋法について

旋法の詳細については、前回の記事をごらんください。 MUSIC Music lab - [1] 音楽の色彩感(前編) Modal variations based on a Russian folksong “Kamarinskaya”

音度について

西洋音楽において音の度数(degree, 音度)は、ヒエラルキーを持ったシステムの一要素で、主音への従属性とそれぞれの音との関係性で、下図のように主音(i)から順に示されます。それぞれの音度は主音、調性上の機能を持ち和声の上での動きを司っています。ロシアの音楽理論では、旋法においては、高い(明るい)、中(中間)、低い(暗い)のポジションで色彩感を形成しています(Sereda:2010, “O lade v muzike I razlade v teorii muziki”, Klassika-XXI, Moskva)。


(作曲=Leonid ZVOLINSKII / 翻訳=森谷 理紗)


Leonid ZVOLINSKII

ロシアの作曲家、マルチインストゥルメンティスト、サウンドプロデューサー。 リャザン市生まれ、幼少期より音楽を始め、12歳で「若手作曲家コンクール」で優勝。モスクワ私立音楽学校特待生。グネーシン音楽アカデミーカレッジ音楽理論科卒業後、P.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院作曲科入学。同音楽院を首席で卒業。リトフチンテレビ・ラジオ放送人文大学専門コースで「オーディオビジュアルアートサウンドプロデューサー」資格取得。 オーケストラ作品、室内楽、声楽曲等のアカデミック音楽作品のほか、ポップ、ロック、Hip-Hopなど様々なジャンルの作曲、演奏を行う。映画音楽、CM、音楽舞踊劇等を手がける。

森谷 理紗 [ Risa MORIYA ]

神奈川県生まれ。北鎌倉女子学園高校音楽科卒業。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院音楽研究科修了。グネーシン音楽アカデミー研修(音楽史・音楽理論)を経てP.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院大学院博士課程学際的音楽学研究科修了(芸術学/音楽学博士)。2010年度外務省日露青年交流事業<日本人研究者派遣>受給。その後同音楽院作曲科3年に編入、その後卒業。モスクワ音楽家協会150周年作曲コンクールグランプリ。著書”Vzoimoproniknovenie dvyx muzikal’nyx kul’tur s XX - nachala XXI vekov : Rossia- Iaponia(20世紀から21世紀初頭にかけての二つの音楽文化の相互作用:ロシアと日本)”(2017 サラトフ音楽院)で第2回村山賞受賞(2018)。モスクワ音楽院客員研究員を経て、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員。

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