2021.9.24

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- [1] 音楽の色彩感(前編) Modal variations based on a Russian folksong “Kamarinskaya” -

Leonid ZVOLINSKII

MUSIC   2021.9.24  |   HOME > MUSIC > Music lab

”Music lab”では、音楽の様々な現象を音楽理論の視点から、新作や豊富な例で分かりやすく解説していきます。


[1] 音楽の色彩感(前編)
Modal variations based on a Russian folksong “Kamarinskaya” / Leonid ZVOLINSKII

私たちが目にする物体は、光波から受け取る信号を脳が解釈したものにすぎません。これはよく知られた事実であり、生物学者リチャード・ドーキンスによってしばしば指摘されています。ドーキンスはこのアイデアをやや詩的に「私たちは自分の脳によって作成された仮想世界に住んでいる」と表現しています (リチャード・ドーキンス『虹の解体』第11章)。同じことが音にも起こります。すべての音のイメージは、音波の長さの解釈から潜在意識の中で形成されます。光であれ音であれ、どちらの場合も、私たちは波を解釈します。したがって、スペクトルを始め光学および音響において共通の用語が使用される場合があります。この記事では、色と光と影の知覚に関連する別の論理的な類似点を、音楽理論から紐解いていきます。

私たちが音楽を聴くとき、光と影、明暗、あるいは色彩(カラー)を感じ、「明るい」音楽、「暗い」音楽という表現をします。今回は、ロシア民謡の「カマリンスカヤ」の変奏曲を通して、旋法の構造から音楽の多彩性や色彩感について解説します。

音楽における色彩感についての話をする前に、まずは一つのメロディから成る変奏曲を聴いてみましょう。曲中のメロディは常に同一ですが、曲調や音楽の感じ方が大きく変化します。これは後ほど説明するいくつかの変化に関係しています。

この主となるメロディを人格(キャラクター)として考えてみてください。このメロディの人格がいくつものシチュエーションに遭遇して様々な感情を経験し、音楽も速くなったり遅くなったりします。


[例1:カマリンスカヤ]

色彩

音楽の多くの興味深い現象を説明する上で、音楽は常に文脈が深く関わる芸術だという事は、重要な考えです。音楽における「出来事」(event)は、そのどれもが時間の中で起きている事です。そして、それぞれがどのような文脈の中で起きているかによって感じられ方は全く変わってくるのです。その前後に何があり、同時に鳴っている音はどうか?まさにこのような文脈が、音楽芸術をより多彩にするための役割を担っています。

この記事では、音楽の多彩性、そして色彩感(ここでは明るさや暗さの度合い)についてお話しします。音にはどのような色彩があり、そしてその感覚は何によるのかをみていきましょう。

音楽理論には、「旋法」(モード)という用語があります。長(メジャー)・短(マイナー)の2つの系統に大きく分かれ、それぞれ「明るい」(陽気な)、「暗い」(悲しい)と認識されることが多いですが、より正確に言えば、旋法は作品の色合いを決定するもので、曲調を左右します。ですが、これは直接的な感情の遊戯というよりは光と影の遊戯と言えます。なぜなら、文脈によっては、暗い画も明るい画と同じくらい陽気にもなり、悲しくもなり得るからです。では、旋法には長短の二種類しかないのでしょうか?それを説明するには、まず長旋法と短旋法の違いを理解する必要があります。

主音と旋法

ほとんどの古典的な旋法には主音(フィナリス)が存在します。主音は、一番安定した「強い」音です。厳密に言えば、これが聴き手である「私」がいる基準点であり、これを基に私たちは潜在レベルで旋法内の残りの音を比較あるいは並置します。主音によって名称が決定され、例えば「ド」(音名はハ)が主音で旋法が長旋法であれば、ハ調長旋法という言い方をします。主音が変われば旋法も変わります。

色彩と旋法

主音は最も安定している旋法の基準点であることは上の通りですが、それによって他のすべての音の相関関係が決定する最も重要な音度(scale degree)※1です。そして、それぞれの音度は主音との対比で旋法全体における明るい色彩や暗い色彩を纏うことで独特の色彩感を出しています。では、それぞれの音が明るい色彩・あるいは暗い色彩というのはどのようにわかるのでしょうか?これは耳で簡単に聞き分けることができます。旋法の3番目の音である、iii度の音から始めてみましょう。iii度の音は、主音とは3度音程を構成します。3度音程には長3度と短3度がありますが、どちらがどのような色彩を持っているか、明るいのはどちらで暗いのはどちらか、順番に聴き比べてみてください。

※1 旋法内での相関の度数。i度、ii度、iii度…と示される。

音を聴いて、長3度が明るく、短3度が暗い色彩だとすぐ分かったのではないでしょうか。この長3度はすべての長旋法を特徴付けるものであり、短3度は短旋法の判断材料となる物です。これをもとに、残りの全ての旋法を説明していきましょう。主音との相関関係において、長音程やさらに半音広い増音程になる時、その音度の音は明るい色彩を持っています。逆に、主音との音程が短音程や減音程になる場合、その音はその旋法の中では暗い色彩を持つ事になります。他の音程を聴いて確認してみてください。


明るい音度と暗い音度の他に、旋法の中には中間的な音度があり、色彩的にもニュートラルな響きがします。これは完全音程と呼ばれ、完全4度(例:10)、完全5度(例:11)、完全8度=1オクターヴ(例:12)があります。

もし主音と完全音程のみで即興演奏すると、明るい(長)音程か暗い(短)音程が現れるまでは、その旋法の明暗ははっきりしません(例:13)。その前まで聴いていた中性的な旋法は、前半で長7度が出てきた途端明るい響きになります。そして、後半に短2度が現れると暗い響きになります。

[例13]


旋法は全部でいくつあり、それぞれどのように異なるか

このように、旋法の色彩は明るい(高い)音度と暗い(低い)音度の組み合わせで構成されます。次に、明るい音度を「+」、暗い音度を「−」、中性の音度を表示なしとして、長・短の音列を見ることにしましょう。

古典的長旋法、あるいは「イオニア旋法※2」には4つの明るい音度と3つの中性の音度が含まれており、暗い音度は一つもありません。そのため構造から言っても長旋法であり、最も明るい旋法の一つでもあります。ではこれを短旋法と比較してみましょう。

※2(訳者注) 旋法はどの音から始まるかではなく、構造によって決まる点で調性とは異なります。また、混同されがちですが、同じ理由で、音を昇降順に並べた音階とも異なります。むしろ、音階や調性を含む、より大きな概念が旋法です。隣り合う音との関係が短2度(半音)か長2度(全音)かという並びによって相対的に決まるもので、例えば「ドレミファソラシド」という並びの中では、3音めの「ミ」と4音め「ファ」の音程が半音(短2度)、7音め、8音めの「シ」と「ド」も半音で、それ以外は全音(長2度)です。つまり、下に表したように「全全半全全全半」の構造を持っており、これがイオニア旋法の構造です。上の例では便宜的にド(ハ)から始めているため、ハ長調と等しくなっていますが、当然この構造を持っていれば別の音から始まる場合もあります。また、「イオニア旋法」というのは、教会旋法における名称です。場合によっては主音を明示して「Cイオニア旋法」などと表記する場合もあります。一方、「ハ調長旋法」という言葉は日本では馴染みがあまりないかもしれませんが、ハから始まる長旋法(Do major)という意味で、構造による名称です。旋法中の音の関係性(主音、属音)等については、次の記事を参照してください。

自然的短旋法は別名「エオリア旋法」とも呼ばれ、3つの暗い音度(−)と3つの中性音度を持ち、明るい音度(+)は1つのみです。この譜例では、ハ短調自然短音階と等しいものです。この構造からもより暗い色彩性を持つことが明らかですが、聴き比べてみるとよく違いがわかります。ですが、ここで疑問が生まれます。古典的な長調/長旋法や、短調/短旋法をそのまま更に明るく、または暗く変化させることは可能なのでしょうか。旋法そのものと、クラシック音楽の中でも最も一般的な自然的な旋法の全音階(注2で説明した「全全半全全全半」から成る)の他の旋法と比べてみることにしましょう。

さて、イオニア旋法(長旋法)は4つの明るい音度(+)を持ち、暗い音度(−)は一つもありません(例14参照)。これをさらに明るくすることはできるのでしょうか。答えはできます。それにはもう1音度、iv度の音を半音上げれば良いのです。こうすることで、4番目の音が高い音度を持つ長旋法ができます。これは、主音に対しての完全4度が増4度となったために、1音度分古典的な長調(長旋法)よりも明るくなったのです。では、次の例を見て、そして聴いてみましょう。

この旋法には、5つの高い音度(+)が既にあり、2つの中性音度があり、先程と同じく暗い音度はないという自然全音階で最も明るい旋法です。ここで一旦古典的なハ長調(ハ調長旋法)に戻ってそれをより暗くしてみることにしましょう。例として、「シ」の音の代わりに「シ♭」にすると、7番目の音が低い音度となります。これは、主音に対し、「短」7の音程になったからです。この旋法は果たしてリディア旋法とイオニア旋法より少し暗くなったでしょうか?聴き比べてみましょう。

疑いの余地なく、この旋法は少し暗くなっています!明るい音度(+)は3つしかなく、3つの中性的音度、そして一つの暗い音度(−)、つまり古典的な長調とは異なるvii度の「シ♭」が現れました。

次に、短調(短旋法)の場合を見てみましょう。短調を少しだけ明るくして、少々明るいメランコリックさを出してみることができるでしょうか?もちろんできます。では、主音と短音程の関係にある低い音度の音を一つ上げてみましょう。このような音度は例15のように、短調(短旋法)には3つあります(例15参照)。まず、旋法を明るくするために、vi度の音を高くしましょう。「ラ♭」の代わりに半音高い「ラ」にします。例15と比較しながら、どのような響きになるか聴いてみてください。

vi度は高くなり、旋法はよりバランスの取れた明るい色彩になりました。ドリア旋法の短旋法には暗い音度(−)は2つしかありませんが、同数の明るい音度(+)と3つの中性的音度があります。

ここで、逆に短旋法を暗くして、より暗闇のような印象に近づけてみましょう。まず、古典的な短旋法(エオリア旋法)のii音度目を下げてみましょう。つまり、「レ」を「レ♭」に変化させます。次の例で確認してみましょう。

古典的な旋法、特にドリア旋法の短旋法と比べると、分かり易く音が暗くなっています。なぜなら、明るい音度(+)は一つもなく、4つの暗い音度(−)と3つの中性的音度で構成されているからです。全音階の旋法の中で最も重く暗いのは、ロクリア旋法、もしくはヒポフリギア旋法です。これに必要なのは、ii音を下げるだけでなく、中性的な音の一つであるv度の音を下げることです。つまり、ハ短調の「レ♭」と「ソ♭」です。次の譜例を見ながら、音を聴いてみましょう。

ロクリア旋法は、長・短にカテゴライズすると短旋法型に入りますが、ここで、ロクリア旋法を短旋法というのは条件付きとなります。というのは、ロクリア旋法において主音から減5度(「ド」―「ソ♭」)は、古典的な短3和音を作れないからです。そのため、この旋法は最も暗いだけでなく、音楽で使われることはごく稀です。

以上のように、7つの自然的全音階の旋法を見てきましたが、最も明るいものから最も暗いものまでが非常に明確です。ここで、高い音度(+)と低い音度(−)の総数から、7つの旋法を明るいものから暗いものまで順にし、表にしてみます。

1. リディア旋法 長旋法(古典的な長旋法と比べiv度が高い、明=5、中性=2、暗=0)
2. イオニア旋法 長旋法(古典的長旋法=長調、明=4、中性=3、暗=0)
3. ミクソリディア旋法 長旋法(古典的長旋法よりvii度が低い、明=3、中性=3、 暗=1)
4. ドリア旋法 短旋法(古典的短旋法と比べiv度が高い、明=2、中性=3、暗=2、色彩的に最もバランスが取れている)
5. エオリア旋法 短旋法(古典的短旋法=短調、明=1、中性=3、暗=3)
6. フリギア旋法 短旋法(古典的短旋法に比べii度が低い、明=0、中性=4、暗=3)
7. ロクリア旋法 (短旋法)(古典的短旋法に比べii、iv度が低い、明=0、中性2、暗=5)



では、これら7つの旋法をひとまとまりのストーリーとして聴いてみましょう。最も明るい響きを持つ旋法から最も暗い響きの旋法への色彩感の変化を捉えてみてください。

[例21:全ての全音旋法を使った「光から影への旅」]

このように、音楽における色彩は単純な明・暗の2つよりも遥かに多く存在します。それだけでなく、今回紹介した旋法とその色彩は氷山の一角に過ぎず、実際には音楽には無限に様々な旋法と音の相互関係が存在し、音楽の文脈に感受されるものや色彩感が強く影響されます。

注目すべきは、旋法の色彩感を変化させるためには、音を別の音に置き換えたのではなく、臨時記号を使って音度を上げ下げしただけだということです。最初に聴いていただいたロシア民謡「カマリンスカヤ」のテーマによる旋法バリエーションは、まさにこうした手法で作曲したものです。非常に繊細に記号を変化させ、メロディを変えることなく全く違う色彩を与えています。もう一度聴き直してみましょう。耳で聴いて、単に長・短だけではなく、紹介した全部で7つの色彩を捕まえることはできるでしょうか?

[例22:「カマリンスカヤ」のテーマによる旋法のバリエーション]

最後に、音楽家は常に新しい音の色彩や、聴き手に自己のアイデアを伝える方法を求めて作品作りをし、新たな多様なコミュニケーションツールを探求し、自分のオリジナルな旋法や音楽システムそのもの(!)を発明しているということを書き加えておきます。こうしたものの多くは理解可能なもので、自分の感覚の境界を広げ、世界と相互に作用する方法を増やし、自己を通して世界について学ぶことができます。多くのルールや境界は非常に限定的なもので、そこを超越したところに最も面白い現象や鮮やかな色のパレットがあるのです。

追記:なお、この記事の旋法と音の明暗に関する理論部分では、作者の音楽理論の師でもあるロシアの音楽学者V. P. セレダ教授の研究を参照しています。セレダ教授には他にも旋法組織やモダリティ(旋法性)に関する研究があります。
http://valentin-sereda.ru


(作曲=Leonid ZVOLINSKII / 翻訳=森谷 理紗)


Leonid ZVOLINSKII

ロシアの作曲家、マルチインストゥルメンティスト、サウンドプロデューサー。 リャザン市生まれ、幼少期より音楽を始め、12歳で「若手作曲家コンクール」で優勝。モスクワ私立音楽学校特待生。グネーシン音楽アカデミーカレッジ音楽理論科卒業後、P.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院作曲科入学。同音楽院を首席で卒業。リトフチンテレビ・ラジオ放送人文大学専門コースで「オーディオビジュアルアートサウンドプロデューサー」資格取得。 オーケストラ作品、室内楽、声楽曲等のアカデミック音楽作品のほか、ポップ、ロック、Hip-Hopなど様々なジャンルの作曲、演奏を行う。映画音楽、CM、音楽舞踊劇等を手がける。

森谷 理紗 [ Risa MORIYA ]

神奈川県生まれ。北鎌倉女子学園高校音楽科卒業。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院音楽研究科修了。グネーシン音楽アカデミー研修(音楽史・音楽理論)を経てP.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院大学院博士課程学際的音楽学研究科修了(芸術学/音楽学博士)。2010年度外務省日露青年交流事業<日本人研究者派遣>受給。その後同音楽院作曲科3年に編入、その後卒業。モスクワ音楽家協会150周年作曲コンクールグランプリ。著書”Vzoimoproniknovenie dvyx muzikal’nyx kul’tur s XX - nachala XXI vekov : Rossia- Iaponia(20世紀から21世紀初頭にかけての二つの音楽文化の相互作用:ロシアと日本)”(2017 サラトフ音楽院)で第2回村山賞受賞(2018)。モスクワ音楽院客員研究員を経て、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員。

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