2022.7.28

MUSIC

Musical illusion

- The Way of the Ways -

Leonid ZVOLINSKII

MUSIC   2022.7.28  |   HOME > MUSIC > Musical illusion

Musical illusionでは、シリーズAuditory Illusion in Music(音楽におけるイリュージョン)とリンクして、テーマごとに出てきた錯聴効果を使った新作を、作者の作品解説と共に公開していきます。


The Way of the Ways / Leonid ZVOLINSKII


チャイコフスキーの交響曲第6番終楽章に見られる音階のイリュージョンを、さらに多重化し、現代的に発展させるとどんな曲ができるでしょうか。


作曲者作品解説

スケールイリュージョン(音階の錯覚)が見られる最も有名な音楽作品の例の一つに、P.I.チャイコフスキーの交響曲第6番の終楽章のテーマの管弦楽法が挙げられます。チャイコフスキーは第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリンという二つのパートの間にイリュージョンが現れますが、ビオラとチェロの2つのパート間にも同様にイリュージョンがあります。つまり、和音としての動きがありつつも、それらは同時に鳴っている2つのイリュージョンから成っています(ヴァイオリン1+2, ビオラ+チェロ)。

“The Way of the Ways”の例では、音階の並行する動きはチャイコフスキーの例と同じ原則で作られています。ですが、2つの線間の結びつきではなく、3つ、あるいはそれ以上の線の結び付きになっています。個々のパートの各メロディは、それぞれの姿と道を持ち、そしてそれら全てが重なり合うことによってオーケストラの中で平行した動きの錯覚が形成されます。

これは、他者同士の個々の人生との絡み合いを連想させるものです。それぞれの運命は全く似つかないものでそれぞれを見れば全く平坦でも均一でもありません。ですが、それらの運命、あるいは人生を幾重にも重ねてみれば人類に共通した動きが立ち現れます。それが私たちが「歴史」と名付けているものです。歴史とはこうした線の解釈であり、出来事の解釈であり、いくつもの道から形作られる道です。この音楽の例もそれを表しています。私たちの脳は、複数のメロディが重なるとお互いを文脈の中で解釈しようとし始めます。そして何らかの全体としての道筋を創り出します。それは個別の線を見ていては追うことのできないもので、全てを一緒に聴くときに浮かび上がってきます。

作品の中で別々のメロディラインが次第に音階として全体的な動きを形作っていく様子を聴いてみて下さい。

楽譜ビデオ

楽譜ビデオの上部

  • 一段目-ソロ楽器群、スケールイリュージョン効果の生成には関わらないものです。
  • 2,3,4段目-A, B,C 。同時に鳴ると誰も演奏していないはずの音階に沿った動きのスケールイリュージョンが聴こえます。
  • 最後の段-私たちに聴こえているもの(錯覚)の記譜。実際にこのように演奏しているパートは存在しません。A+B+Cの重なり合いの結果、脳内でのみ起こります。

ビデオの下部は、ピアノロールで見た譜です。四角の一つ一つが音を示しています。楽器ごとに異なる色分けをしています。ビデオでは全ての四角(音)を全体としての動きを見ることができるのと同時に、色を追って実際にどの楽器がどのように演奏しているかを見ることもできます。

始めの時点ではメロディはイリュージョンなしの状態です。これは最後に木管楽器で正確に同じ形で繰り返されます。しかし、木管楽器が三声で演奏すると、それぞれのメロディはもう聴こえません。全体として順に下降する和音として聴覚的にまとめて聞かれます。それぞれのパートは異なる音色を持つ楽器(フルート、クラリネット、オーボエ)であるのにもかかわらずです。

最後にこの記事のまとめとして、各楽器A、B、Cそれぞれのパートの演奏を聴いてみましょう。次に、それらがどのように組み合わされ、同じ音を一緒に演奏することでどれだけ知覚が変わるかを聞いてみましょう(D - Scale Illusion)。

33秒〜:

[音源01:A]

[音源02:B]

[音源03:C]


[音源04:D (Scale Illusion A+B+C]

46秒〜 様々な音色の組み合わせによるより複雑なヴァリアント

[音源05:A]

[音源06:B]

[音源07:C]


[音源08:D (Scale Illusion A+B+C)]


(作曲=Leonid ZVOLINSKII / 翻訳=森谷 理紗)


Leonid ZVOLINSKII

ロシアの作曲家、マルチインストゥルメンティスト、サウンドプロデューサー。 リャザン市生まれ、幼少期より音楽を始め、12歳で「若手作曲家コンクール」で優勝。モスクワ私立音楽学校特待生。グネーシン音楽アカデミーカレッジ音楽理論科卒業後、P.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院作曲科入学。同音楽院を首席で卒業。リトフチンテレビ・ラジオ放送人文大学専門コースで「オーディオビジュアルアートサウンドプロデューサー」資格取得。 オーケストラ作品、室内楽、声楽曲等のアカデミック音楽作品のほか、ポップ、ロック、Hip-Hopなど様々なジャンルの作曲、演奏を行う。映画音楽、CM、音楽舞踊劇等を手がける。

森谷 理紗 [ Risa MORIYA ]

神奈川県生まれ。北鎌倉女子学園高校音楽科卒業。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院音楽研究科修了。グネーシン音楽アカデミー研修(音楽史・音楽理論)を経てP.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院大学院博士課程学際的音楽学研究科修了(芸術学/音楽学博士)。2010年度外務省日露青年交流事業<日本人研究者派遣>受給。その後同音楽院作曲科3年に編入、その後卒業。モスクワ音楽家協会150周年作曲コンクールグランプリ。著書”Vzoimoproniknovenie dvyx muzikal’nyx kul’tur s XX - nachala XXI vekov : Rossia- Iaponia(20世紀から21世紀初頭にかけての二つの音楽文化の相互作用:ロシアと日本)”(2017 サラトフ音楽院)で第2回村山賞受賞(2018)。モスクワ音楽院客員研究員を経て、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員。

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