2018.4.23

COLUMN [2]

音楽とスポーツの密なる関係(中編)
- 左右の奇妙な非対称と局所性ジストニア -

Shinichi FURUYA & Makio KASHINO

COLUMN   2018.4.23  |   HOME > COLUMN

古屋氏の代表的な研究の一つに、音楽家に発症する脳神経疾患である「局所性ジストニア」の治療法の開発がある。かつて古屋氏自身も「局所性ジストニア」を患い、治療法を開発したいという思いから研究者の道を歩むことになったという。じつは、この病気は、ゴルファーやピッチャーに発症するイップスと同じものであり、過度の訓練に起因する。局所性ジストニアが示唆する脳の特性について考察する。


身体の座標系の歪みと、左右でできること、できないこと

柏野 最近、身体を動かす上で、自分が気になっているのが身体の空間座標系なんです。体幹を中心にして、手がどこにあるのか、足がどう向いているのか、それはわかりますよね。ところが、足の先と手の先の位置関係となると、とたんにわからなくなってしまう。人の動きを真似ているつもりでも、まったく違う動きになっていることもあります。

古屋 確かにそうですね。

柏野 カーナビを使うとき、私はノースアップ派、つまり北を上に固定して地図を見るんですね。自分の進む方向を上に表示するエゴセントリックにしていると、複数の場所の位置関係がつかめなくて道を憶えないですから。一方で、自らの身体の位置関係に関しては全体像が理解できていないことが多々あります。投球の際に、腕を引きすぎていないかどうかなんて、なかなか自分では気づくことができません。身体の空間座標系というのは、一様なものではないんですね。

古屋 曖昧だと。

柏野 身体の空間座標系って、不完全で、あるところは非常に詳細なのに、別のところはまったくの闇なのかもしれません。

古屋 体表面の感覚と体性感覚の間の対応関係を示すソマトピーのように、特有の座標系があるのかもしれませんね。

柏野 しかも、それは左右でも違うし、運動によってもかなり違うようなのです。私は右利きですが、ときどき、遊びで左投げをすることがあるんですね。じつは、私の場合はあまり練習しなくても、左手でもわりとうまく投げることができるのです。ところが面白いことに、右手にグローブをはめてボールを捕ろうとすると、ぎこちなくなって、まったくうまく捕れない。

古屋 面白いですね。捕球に関しては、感覚情報(体性感覚、視覚、聴覚などの感覚)をうまく運動情報に変換できないわけですね。

柏野 そうです。投げる行為では右の情報をうまく左にトランスファー(転写)できるのに、捕球ではできないという。しかも、右手でボールを捕るときは、遅い球でもめちゃくちゃ痛い(笑)。

古屋 へーっ、そうなんですか。

柏野 うちのプロジェクトメンバーの元プロ野球投手の福田岳洋氏も同じように、通常と逆の右手で受けると痛がっています。

古屋 捕球動作のときの力の入れ具合によるのでしょうか。

柏野 ええ。本来、球筋を予測して、衝撃をうまくかわしつつ捕らないといけないんですね。ところが、右手だとうまく予測できないから、もろに衝撃を受けてしまい痛い。身体空間座標系は左右で非対称なだけでなく、行為によっても違うのだと思います。いったい、どうなっているんだろうと、どんどん謎が深まってしまいます(笑)。

—ピアノの演奏の場合も、右左で違いがありますよね?

古屋 ピアノでも当然、左右の感覚は違います。和音の連打のとき、高く手を持ち上げなさいと言うと、利き手の右手は持ち上げることができるのに、利き腕ではない方の左手ではできないんですね。怖がって、低い位置からしか連打できない。右はダイナミックに動かせるのに、左はダイナミックな動きが苦手、という人がほとんどです。それは顕著ですね。だから、さっきの座標系に当てはめるなら、左手の空間のほうが圧縮されているのかもしれません。

柏野 左利きの人だと、それが逆になるのですか?

古屋 そうです。利き腕なら持ち上げられます。さらに言うと、持ち上げたときに、本当は上腕二頭筋を収縮させて屈曲させるだけでなく、回外と言って、手のひらが上を向くように上腕を回転させるのが自然な動作なんですね。さらに手首のスナップも使う。ところが、左手だとうまく回せないし、スナップもうまく使えない人が多いのです。

やはり、利き手とそうでない方の手では、空間座標が違っていて、得意なところは広く、苦手なところは狭いという可能性はありそうです。

局所性ジストニアはブレーキが効かない病気

—古屋さんは、局所性ジストニアといって、ピアニストなど音楽家などに発症する、手指や唇、喉などが自分の意図とは違う動きをしてしまう病気の治療法の研究をされていますね。これは、ゴルファーやピッチャーが患うイップスや執筆家に発症する書痙と同じ脳の神経疾患だということですが、ピアニストの場合、左右、どちらかに症状が偏って出たりするのでしょうか?

古屋 ピアノの場合、左手にはあまり出ないんですよ。それは、単純に課題の制約の問題で、ピアノ曲では右手の動きのほうが複雑な曲が多いからです。左手は和音とかアルペジオがメインで、タスクとしては右手より比較的容易です。そもそも、局所性ジストニアは、正確性を要する細かい動作を長時間、反復練習をした人に起こる病気なので、どうしても右手に発症しやすいのです。

ヴァイオリニストだと指板を叩く左手指に発症する人が多い。あるいは、弓を動かす右腕に発症します。ユーディ・メニューインは右腕に局所性ジストニアを患っていたと言われています。

—それで、メニューインはトレーニングにヨガを取り入れるなど、独自のトレーニング法を開発されていたのかもしれませんね。

古屋 足の小指の先から頭に至るまで、身体のバランスを整えるトレーニング法を開発されていましたね。訓練によって、身体の空間座標系が変わり、身体表現が変わってくる、ということもあるのでしょうね。訓練すればするほど、その部分は特化して座標系は広がっていく。ところが、やりすぎると、局所性ジストニアのように、解剖学的、あるいは機能的な異常が起こり、動きが制御できなくなることもある。

柏野 そう、身体の空間座標系はユニバーサルではないし、それは変化もする。行為によっても異なる、ということでしょうね。

それで思い出したのですが、天地がひっくり返って見える「逆さメガネ」をかけた人は、しばらくするとまっすぐ歩いたり、自転車を漕いだりすることもできるようになるのですが、漢字だけは最後まで逆さに見えて、うまく読めなかったという論文を読んだことがあります。

古屋 へぇ、そうなんですか。

柏野 つまり、脳内に一つだけ身体の空間座標系があるわけではなくて、それぞれに特化したローカルな学習が必要だということでしょうね。世界は辻褄が合っているように見えて、じつは合っていないのです。

古屋 視覚運動変換機能の可塑的な変化と関係がありそうですね。自転車のように景色を反転して動かすのと、漢字の読み取りでは、違う脳の機能を使っているのかもしれません。興味深いですね。

—ところで、古屋さんは、局所性ジストニアの治療法として、頭皮から脳への電気刺激とリハビリテーションを組み合わせた方法を開発されていて、2016年に、大規模な臨床実験を実施されていましたね。その結果はどうなりましたか?

古屋 はい、ちょうど臨床実験が終わって、現在データ解析を進めているところです。ちなみに、この治療法はtDCS(経頭蓋直流刺激)という方法を使って、正常な方の脳の運動野と呼ばれる部位付近の頭皮にプラスの電極を、症状のある方の頭皮にマイナスの電極を貼り付け、両指を動かしながらリハビリをする、というものです。そうすることで、動きの情報を、脳梁を通じてプラス側からマイナス側へ、すなわち正常な情報を異常のある方へ教えてあげるのです。

実験の中で一部わかったこととしては、局所性ジストニアというのは、ブレーキが効かない病気ということです。つまり、薬指を動かそうとすると本来、中指も一緒に動いてしまうのですが、それを訓練によって動かないように抑えているわけですね。ところが、局所性ジストニアを患った人は、動きを抑えることができない。最初、僕は局所性ジストニアというのは、脳の活動が落ちてしまう病気だと思っていたのですが、そうではなくて、むしろ抑制が効かなくなる病気だということがわかりました。

つまり、アクセルが効きすぎるということ。アクセルが効きすぎて指が固まってしまったり、巻き込んだりしてしまう、いわゆる、硬縮と言われる動きが出てしまうのです。一見、これは脳卒中の症状に似ているのですが、脳卒中の場合は、脳の出血によって運動野の活動が落ちることに起因します。一方、ジストニアでは逆に活動が上がりすぎてしまう。表出する症状は似ているけれど、脳のメカニズムはまるで違うのです。

—訓練のしすぎで、脳が活動しすぎてしまうということですか。

古屋 ええ。tDCSを使えば脳の興奮性を上げることができるのですが、これは、ピアノを弾いたことがない人に活用すると、上達を促すことができるんですね。運指にばらつきがなくなり、正確性が高まるのです。ところが、上手な人の脳の活動を上げてしまうと、逆に下手になってしまう。つまり、最適なところからいきすぎてしまうと、制御できなくなってしまうのです。最適なパフォーマンスが山の頂点だとすると、そこから先には行かないほうがいい。やりすぎると、下手になります。一時的なことであればスランプで済みますが、その状態が固定化して、疾患になってしまうこともあるのです。

柏野 なるほど、興味深いですね。自動車の運転のテクニックに、ヒール・アンド・トゥといって、アクセルとブレーキを両方踏んでエンジンの回転数とギアの回転数を合わせる技術がありますが、脳内でも、アクセルとブレーキを最適に、しかもギリギリのところで操ることが最適なパフォーマンスにつながるわけですね。

古屋 そうです。プロの場合はまさにそこが長けているわけで、F1レーサーのようなことをやってのけているわけです。

柏野 うまい人は最適なところで、抑制と興奮のバランスを絶妙に操っているのでしょうね。

身体技術の向上に欠かせない「脱力」

柏野 脱力というのも、身体技術の向上には欠かせない要素だと思うのですが、これもやはりアクセルとブレーキをいかにうまく操るかということとつながっているように思います。

古屋 ええ。脱力はピアノの演奏でも非常に重要なポイントです。脱力がうまくできる人というのは、ブレーキの調整がうまいのだと思います。

柏野 頭ではわかっているのですが、実践しようとするとなかなかできません。そもそもマイナスの力を生み出すというのがどうしてもつかめない。抑制の制御というのが、自分の中に備わっていないように思います。

古屋 難しいですよね。力を入れたときと脱力したときの脳活動を調べたある実験によれば、力を入れたときには、M1といって脳の運動野だけが活動するのに対して、脱力時には、もっと広範囲に脳が活動することがわかっています。つまり筋肉と収縮と弛緩(脱力)では、まったくちがう脳のメカニズムが働いているのです。

柏野 結局、プロに必要なのは、弱い力を正確に出すことですからね。そこが難しい。最近、極限まで弱く、速度の遅い球を投げつつ、コントロールを高める練習をしているのですが、それが非常に難しいんですね。ただ、技術の向上には、やみくもに力いっぱい球を投げるよりも、はるかに効果があるように思います。楽器でも歌でも、ただ大きな音を出すよりも、強弱を正確に使い分けることのほうが難しいですよね。いかに抑制側を制御できるかにかかっています。

古屋 それは身体技能の向上において、非常に重要なポイントだと思います。エリー・ナイというドイツ人で、ベートーヴェン弾きとして有名なピアニストが、生前、「私がppp(ピアノピアニッシモ)が引けたら、ベルリンフィルでソリストとして素晴らしいコンチェルトを弾くことができただろうけれど、私はpppを鳴らせなかった」と言っているんですね。あれほどのピアニストでも、小さな音を美しく鳴り響かせることは難しいと感じていたのでしょうね。

ゆっくり練習すると、なぜ上達するのか

古屋 もう一つ、ゆっくり練習する、というのも非常に重要なポイントです。そもそもゆっくりじゃないと、人間は感覚情報を認識できないのだと思います。感覚情報こそが上達を実感できるご褒美なので、それを実感できないような速い動作では、なかなか上達に結びつかないのでしょう。

柏野 エレーナ・イシンバエワという走り高跳の金メダリストも、練習では簡単に跳べる高さしか跳ばないと聞いたことがあります。世界記録に挑戦するのは、あくまでも本番の試合だけで、試合になるとスイッチが入って記録が出るのだという。一方、普段の練習では、いかにきれいなフォームで跳ぶかに注力するそうです。

古屋 ルドルフ・ゼルキンという大ピアニストが、カーネギーホールでリサイタルする前日に、ホテルにピアノを入れて練習していたところ、廊下を通りかかったポーターがその音を聴いて、「下手くそな客だな」と思ったという逸話が残っていますね(笑)。ゆっくり音階練習だけを練習していたようです。

柏野 制御できないような力や速度で、あなた任せのパフォーマンスをいくら続けていても、上達には結びつかないということですね。ハンマー投げの室伏広治さんも、東欧の選手などは力まかせにハンマーをふり投げていて、場面ごとのフォームのかたちをイメージできている人はほとんどいないとおっしゃっていました。それでは、技術を向上させることにはつながらないという。

古屋 そういう練習というのは、癖の反復で終わってしまうんですね。本来、練習というのは、癖を取るところが重要なのです。

(取材・文=田井中麻都佳


» 本コンテンツは、「Sports Brain Science Project」 Webサイトにて同時公開中。


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古屋 晋一 [ Shinichi FURUYA ]
ソニーコンピュータサイエンス研究所 アソシエートリサーチャー
上智大学 音楽医科学研究センター センター長 / 特任准教授
ハノーファー音楽演劇大学 音楽生理学・音楽家医研究所 客員教授
博士(医学)

柏野 牧夫 [ Makio KASHINO ]
人間情報科学・認知神経科学
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» スポーツ脳科学プロジェクト
1964年岡山生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。博士(心理学)。 NTTフェロー (NTT コミュニケーション科学基礎研究所 スポーツ脳科学プロジェクト統括)、東京工業大学工学院情報通信系特任教授。 著書に『音のイリュージョン~知覚を生み出す脳の戦略~』(岩波書店、2010)、『空耳の科学―だまされる耳、聞き分ける脳』(ヤマハミュージックメディア、2012)他。

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